もはや「大昔」といってもよい1980年代。高音質の音楽再生には、高価なアナログレコードプレイヤーや、部屋の一角を占領するほどの大型スピーカー、高価なコンポーネントステレオといった、当時の価格でさえ数百万円を超えるような装置が必要だった。こうした状況を変えたのが、コンパクトディスク(CD)をはじめとしたデジタルオーディオの登場だ。デリケートな取り扱いが必要だったアナログレコードに対し、CDは「そこそこ高音質」の音楽を「安価で手に入る身近なもの」とした。だが、進歩するデジタル技術は、そのCDさえも過去のものとしつつある。インターネットの普及により、音楽はもはやCDのような「物理メディア」によって流通されるものではなく、ネットワーク経由でデータを購入できるものになってしまったからだ。
ただ、「音質」という点ではそうしたデジタル音楽は、CDと比較しても大きく進歩したとは言い難い。現在でも、一部を除けばダウンロード購入できる音楽の主流は44.1kHzや48.0kHzといった「CDレベル」。しかも大半がMP3/AACなどの不可逆圧縮データなので、CDに比べてむしろ低下している。ある意味で「デジタル化による退化」といえるかもしれない。
「Bug head Emperor」は、そうした流れに対する「デジタル技術の反抗」といってもよいかもしれない。「そこそこ」の質ではあるが、より安く、より手軽に使いやすくを求めてきたデジタル音楽の主流に対し、「現在の最先端デジタル技術であれば、ここまで『質』を求められる」ということを証明している。最大384.0kHzというサンプリングレートから再生される音声の周波数は、人間の可聴域をはるかに超える192.0kHz。もはや音といえるかどうかも怪しいこの再生能力は、いったいどのような新しい音楽体験を生み出してくれるのだろうか。
これを体験するにはハードウェアなどに、ある程度の投資は必要だ。しかしそれらは、80年代の「高級AV機器」に比べれば遥かに安価に手に入る。「最高」を体験したい人には、ぜひとも試していただきたいソフトだ。
(天野 司)